4-パラレルワールド
朝、目が覚めて最初に映った世界は……
☆Hop! Skip! Trip!!☆-The king of Fighters-天使のメロディー
かすかな吐息が聞こえる。ああ、昨日の出来事だと思えたものはやはり夢で、反対側に寝返りを打てば
いつも私と寝てるちょっと風呂に入れるのが面倒で獣臭くなっているが愛しいワンコがいるのね。
そう思いながら寝返りを打つと……
…………何?これって…あの、ほら、有名かどうかは分からないけれど、アメリカやイギリス、時たま日本でも流行るあのどっきり≠ニかいうやつっすか?
目の前にさらさらの金髪美形が眠っているんですが…
「あの〜……」
恐る恐る声をかけてみる。かすかに身動ぎするが起きる気配はまったくといっていいほどにない。
はっ!ここはやはり女として得意のあの黄色い声をきゃーーー!!とかって出しながら眠る男をここから突き落とすべきなのか?
いやしかし、そんな乙女チックなことが出来る年齢ってとっくの昔に過ぎてしまっているし…
そもそも女なのにあの黄色い悲鳴をあげることが出来ないと言う自分の性別を疑ってしまう性格だし。
わざとらしく文字通りにきゃーなんていってもぜんぜん迫力なんかないしなー。
どうしたものか、と一人悩んでいるとキィと小さな悲鳴をあげながら扉が開いた。
そこからほんの少し見えたのは昨日の金髪と何度見ても不思議だなーと思える赤眼だった。
「……Good morning」
「あ、Good morning」
うん、かわいいわ。照れながらもちゃんと挨拶してくれるところがなんか妙にかわいく思えて一瞬、本当に一瞬だけ隣で眠る男のことを忘れていた。
なぜ思い出したかと言うと、扉の赤眼がベットの中の男を捕らえてしまったからだ。
さっきまで頬だけがピンク色だったのに今は顔中真っ赤にしながらロックは部屋にずかずかと入ってきた。
そしてもうお分かり?そう、彼はベットの中の男――テリーをベットから引きずり出したのだ。
「テリー!!」
「のわっ!」
「てめー、何ここで寝てんだよ!!」
見事ベッドから落ちたテリーはロックの怒鳴り声なんかまったく気にする様子もなく、腰を擦りながら
大きなあくびをする。
「テリー!」
「何だよ…トイレに行って彼女が寝てるの忘れてたんだよ」
別になんもしてねぇよ≠ニまったく悪気のない声色。
なんと言うか…この人ってすっごいマイペースだな。
「ったく、朝食が出来てるぞ」
眉間に皺を寄せながら言うロックとふぁ〜いとこれまた暢気に返事するテリー…昨日は気にならなかったけどこの二人って親子、なのかな?
同じ金髪だしね…年齢的にもきっとあっていると思うし…
「。先にトイレ使っていいぞ」
「え、あー、うん……」
「ああ…これ、コンビニで買ってきた。あとこれ。俺の母親のものだけど…」
「え?あ、ありがとう…」
ロックに紙袋と洋服を数着を渡された。
紙袋の中は歯ブラシや小さなタオル。そしてちょっとした化粧品が入っていた。
服のほうは厚手のコートとそれに似合うパンツとシャツだった。
そういえば昨日ロックのお母さんに会ってないよね?勝手に服なんか借りてもいいのかな?
そう尋ねてみれば彼の表情が少しばかり曇った…しまった、もしかしてテリーとロックのお母さんって離婚してるの?
「そいつの母親は数年前に亡くなったんだ。その服はいわゆる形見ってやつだ」
「え!?じゃあ、なおさら着るわけには行かないよ!」
「いいんだ…クローゼットの中で眠っているより誰かに来てもらうほうがいい」
「でも…」
大事な形見なのに…と渋る私に彼は背を向け出て行ってしまった。
「電話のあと買い物にでも行くか。君に必要なものをそろえに行こう。だからそれまで着ていればいいさ」
「う、ん…ごめんね。奥さんの服なのに……」
「え。…はっはっは!勘違いしないでくれよ!」
わしゃわしゃと大きな手で人の頭を撫でながら大笑いをするテリー。
勘違いって?え、え?
不思議な顔をしていると、まだ笑いが止まらない様子のテリーがあとで話すと言ってリビングへ行ってしまった。
腑に落ちないけどとりあえず、着替えてこようとトイレへと向かう。
「ええ!?テリーとロックって親子じゃないの!?」
「まぁ、親子って言えば親子なんだけどな。血は繋がっていないんだ」
「こんなノー天気な親父がいたら俺の未来は真っ暗闇だぜ?」
肩を竦めながら言うロックに軽く小突くとテリーはこちらに向き直った。
「まぁ、どうしてこいつが俺の息子になったかはそのうち話すとして…今はのことが先だ。
食べ終わった後、このサウスタウンにあるパオパオカフェ≠ニいう所に行こうと思っているんだ。
あそこならの言っていた国際電話をかけることが出来るしな」
そのあとはさっき言ったように買い物に行こう。という事だった。
そのパオパオカフェというところもこのアパートからそう遠くないということだった。
「うぃーす。リチャードいんのかー?」
「おおー!テリーとロックじゃないか!珍しいな、おまえらがここに来るなんて」
「ああ、実は国際電話がしたくてな、いいか?」
「もちろんだとも…ところで…ロック、彼女が出来たのか?」
ロックの横に立っていた私の方を見ながら彼に尋ねる。
彼女≠ニ言う単語に敏感に反応を示したロックは一瞬のうちに耳まで赤くなり、思いっきり後ろに下がってしまった。
ちょ…そんな反応されると私傷つくんですけど……
「ははは、違う違う。実は昨日拾った子猫でね。家に電話かけたいと言っているから連れてきたんだ」
ロックに彼女が出来た日にはアメリカがシベリアのように寒くなってしまう≠ネどと嫌味を吐きながらテリーが代わりに答える。
テリーって何かとロックを怒らせて楽しんでいる気がしないでもないな…サド?
「そっか。好きに使ってくれて構わないさ。国際電話のかけ方が解らないようだったら隣に電話帳があるから。そこに書かれていると思うぞ」
「あ、ありがとうございます……」
リチャードさんに案内されて電話の前まで移動した。
受話器を手に持ち、ゆっくりと間違えないようにボタンを押す。
しばらくするとコール音が聞こえてきた。これで私がトリップしたのか、誘拐されたのかはっきりするはずだ。
『…Alo?(もしもし?)』
「あー…Com quem estou falando?(誰と話していますか?)」
『Rodolfo(ルドルフだ)』
え…?もしかして番号間違えた?
「あー、A e a casa da Yaeko ?(八重子さんのお宅ですか?)」
『Sim.Quem deseja falar com ela?(そうだが…あなたは一体?)』
どういうこと?なんで家に知らない男の人が?
混乱してくる頭と必要以上に震える手でどれだけ自分がショックを受けているのかが解る。
それでもここで切ることは出来ない。ちゃんと確かめないと。
「E …(です…)」
『Espere alguns instantes que vou chamar(少し待っていてくれ。すぐに呼んでくる)』
ルドルフなんて男性、私は知らない。
母に愛人がいたと言うことも知らないし…そもそも父以外の男性なんて毛嫌いしているのに…
自分の中の母を引き出してみても愛人を作るような人ではないと言うことと、今でも父と電話で話しているときの
彼女の愛しさが溢れんばかりの声色と眼差ししか思い出せない。
そんなことを考えていると受話器の向こうから聞きなれた声が……
『Alo?(もしもし?)』
「あ、Mae?(母さん?)」
『Quem esta falando?(どちら様ですか?)』
「Sou eu!Sua filha,!(私よ!あなたの娘のよ!)」
そう告げると受話器の向こうから怒気の籠った声が戻ってきた。
冗談は止めてと……
『A minha filha esta aqui em casa!Quem e voce?Pare de brincadeira!(娘は今家にいるわ!あなた一体誰なのよ?冗談は止めて!)』
「Mas...Voce e a Yaeko Kondo.Nao e?(でも…あなたは近藤八重子なんでしょ?)」
それに対して帰ってきた返事はそうだ≠ニ言う事だった。
おかしい…もしかしたら同姓同名の可能性もあるけれど…でも、私の住んでいた町じゃ母と同じ名の人は存在しなかった。
そんなやり取りをしていると痺れを切らした相手がもう、話すことなんてない≠ニ言って電話を切ってしまった…
「……そんな…」
「どうしたんだい?」
心配そうにたずねて来るテリーになんと返していいのか分からなかった。
けどすぐに日本へ出稼ぎに行っている父のことを思い出した。
この世界≠ナ目を覚ます数時間前に電話で話していた父のことを。
ブラジルじゃ、しょっちゅうとまでは行かないけど番号が変わることはある。
けど、日本ではその心配がない。昨日話した父の番号が変わっていることはないはずだ。
そう思い、今度は日本へ掛けてみる……数コールのあと、父の声が聞こえてきた。
『はい、です』
「父さん?私、よ」
『……どちら様ですか?』
嫌な予感がした。父の反応が先ほどの母の反応と同じだったから。
「どちら様って…私よ、娘の…」
『悪ふざけは止めてくれ。私には娘なんていない!』
そう言い、電話が切れた……正しくは切られたかな。
頭が真っ白になった。昨日はたしかに話をした父なのに…昨日までは優しかった母だったのに…今日はどちらも私のことを知らないと言う。
ううん、それ以前に母の口からは確かに娘は家にいるって…それに知らない男がいた…どうなってるの?
「お、おい!!」
「ロックぅ…どうしよう…私、何にもわかんなくなっちゃった…」
何も考えられなくなってその場に崩れてしまった。すぐにロックが駆け寄ってきて支えてくれたけど…
人間って不思議なものでショックが大きすぎると涙さえ出てこないものなんだね。
とにかくロックに抱きついて落ち着くまで待ってもらった……
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2007年11月20日 PHOTO BY/MIYUKI PHOTO
実際にこんな状況になってしまったら恐怖だね。恐るべし、パラレルワールド