8-願いの叶わなかった眠り姫と姫の願いを拒んだ王子。
この世界に来てから1週間が過ぎた。
NARUTO‐もうひとつの世界-もう一つの世界-暁の奇跡
この世界に来てから既に1週間が過ぎていた。
今となってはデイダラのいたずらもイタチが案外甘えん坊だと言うことも鬼鮫の日替わりのフリルエプロンもなにもかも慣れ始めてきた。
ただ、いまだにサソリの旦那だけが苦手だったりする……
「ああ、さんいいところに。このオイルをサソリさんに渡してきてくれませんか?」
「え…サソリの旦那に?………今って地下にいるんですよね?邪魔だー!って殺されてしまう危険はないですよ、ね…?」
なぜよりにもよって傀儡のメンテナンス中にいかにゃならんの!?と言いたいけれど、なんていうか、鬼鮫って
普段は優しかったりするもんだから頼まれると断るにも断れないんだよね…これがデイダラだったら自分で行けー!!て蹴っ飛ばしてるんだけどさ。
「今日は機嫌がいいみたいですから…多分大丈夫でしょう」
「はあ…では無事戻ってこれることを祈っていてください…行ってきます…」
なぜ多分をあんなに強調するのか…うう、行きたくないなぁ…
既にオイル瓶を持った手が汗ばんでいた。リーダーのペインと会わないといけないときでもこんなに緊張しないってのになー…
やっぱ年に関係あるのか?あのイタチでさえサソリさん≠チてさんづけにしてるしね。
まぁ、私はさん、様づけで呼ぶのも呼ばれるのもあまり好きでないから暁メンバーのことはほぼ全員呼び捨てにしてるけど…
やっぱ旦那だけはサソリの旦那≠ノなってしまうんだよなぁ…
なるべく足音を立てないようにしながら地下へと続く階段を下りていく。
電気が通っていないこの地下室を照らすのは壁にかけられたガスランプのみ。
そういえばもともとは大蛇丸の実験室だとか言っていたな…幽霊でないよね?
「あ…あの、サソリの旦那ぁ?オイルを届けに来ましたぁ…」
なるべく大声も出さないようにする。
これだから神経質はきらいだぁ…もう、初めのころのあの地獄のような出来事は簡便だしな。
高くも低くもない、けれどはっきりと聞こえる声で何度呼んでも旦那の返事がない。
と言うよりも傀儡を弄っているような音すらしない…部屋に戻ったのかな?
それとも仮眠室?
そう、この地下室には数部屋存在する。
イタチの話しだと仮眠室、実験実、死体を保存しておく場所、薬品室などの部屋が存在すると。
大蛇丸が暁を抜けてからは仮眠室、実験室、薬品室はそのまま。そのほかの部屋は火のメンバー内で好きなように使っているらしい。
ちなみに私はどこがどの部屋かはしらない…怖がりなので出来るだけこんな人体実験がされていた場所に足を踏み入れたくはなかったから。
「サソリの旦那ぁ…どこですかぁ」
各ドアの小窓から中を覗きながら旦那を探す。けれどなかなか見付からない…やっぱ帰ったのかなぁ…
そろそろ限界なので戻ろうと踵を返そうとしたとき、死角になっていた場所に1つの扉を見つけた。
その扉は明らかにほかの部屋とは違う素材で作られている。そして周りには砂の里にしか存在しないと言うデザートローズ≠フ造花が飾られていた。
「…なんの部屋なんだろう?」
ここで暮らすことを許されたとはいえ、開けてはならない部屋とか触ってはならないモノなどが存在することは解っている。
けれど人間というものは触るな、開けるなと言われたり、感じたりすると余計手を出したくなるものだ。
もちろん私も例外ではない。ドアの隙間から洩れてくる甘い香り。その香りが以前ペインが砂の里へ行ったときに持って来てくれたデザートローズの香りだとすぐに解った。
それに大体この造花を見たときに分かってはいた。この部屋がサソリの旦那に関係していることが。
「そういえば…イタチ以外のメンバーの情報って少ないんだよね…」
ノブに手をかけ、一人愚痴る。
見付かれば大目玉なのは分かっている。けど、私は少しでも大好きなあの人たちのことが知りたい…
私は躊躇わずにノブを回し、扉を開けた。
「これは…」
目の前に広がったのはデザートローズの甘い香りとその薄桃色の花びらが部屋中を埋め尽くしている光景。
そして部屋の中央にはガラス製の棺。
死体?でも今人体実験しているメンバーはいないはず。それにもし旦那ならこんなことはしない…気に入った人間はすぐに傀儡にしてしまうし。
ゆっくりと棺に歩み寄る。中を覗いてみるとそこには一人の女性の姿が…まるで眠っているかのような安らかな顔は
イタリアのあの有名なミイラ――ロザリア・ロンバルドのよう。あのミイラのように、本当に今にでも目覚めるのではないかと思ってしまうほどに穏やかで美しい。
「綺麗……」
桃色の長い髪が印象的なその女性がなぜ、こんなにも手入れの行き届いている部屋で寝かされているのか――その本当の理由は分からないけど…
私でもやっぱり手放したくはないと思う。そう思わされるほどその女性は美しかった。
「何をしている?」
「あっ…旦那」
棺の中の眠り姫に見とれていると後ろから低い声が。
やばいと思いながら振り返ってみるとそこにはサソリの旦那の姿が。
「誰がここへ来ていいと言った?」
「あ、いえ…その、このオイルを渡すよう、頼まれたので…」
旦那を探しているうちに迷い込んでしまった。そう告げると彼は一瞬眉間に皺を寄せたが、すぐに元の表情に戻った。
「まぁ、いい…用件が済んだのならさっさと上へ戻れ」
もっと酷いこと言われるかなと覚悟していただけに、こうもあっさりとしたふうに言われてしまうと拍子抜けしてしまう。
「あの…旦那?」
「なんだ?まだ用があるのか?」
部屋を出て行こうとしていた彼に声をかけると振り向かずに返事が戻ってきた。
聞いちゃ悪いかなと思いながらも、もっと少しだけもいいから情報がほしいと思い、意を決してたずねてみる。
「あの…この棺の中の女性…誰なんですか?」
「……知ってどうする?」
少しの間を開けての返事はどこか寂しいもののようにも感じ取れた。
私は知らないことがあるからそれを知りたい。そう思うのは間違いではないと思う。
けれど、誰にだって言いたくない教えたくないモノがあること、そしてそれをだれかが聞きたいと言ったからって教えなきゃいけないって義務もない。
またそれを強制させることも出来ない。だからもし彼が私の問いに答えてくれるなら聞きたいし、もし教えたくはないと思うならそれでもいい。
なので彼の知ってどうする?≠ニいった質問に相応しい言葉を見つけられないでいた。
「……皆のこと、旦那のことをもっと知りたいって…彼女が旦那と、皆と関係のある人物なら知りたいって…」
「燐だ」
「え?」
「彼女の名だ。砂の里の忍びだった…」
砂の忍び…やっぱり、旦那と関係のある人だったんだ……
「幼馴染と言うやつだった。愛していたんだ……」
部屋の中に入り、棺の前まで移動する。そして彼女を見つめる旦那の視線はとても愛しそう。
今でも彼女を愛していると言うことがその背中から伺える。
「三代目風影が彼女を妻にと考えていてな。もちろん、俺は少しも心配していなかった…彼女の愛が俺にあると分かっていたからだ…だが……」
棺の蓋を開け、彼女の頬を撫でる。
決してかっこいいとはいえない風貌のヒルコのその動きが今はなぜだかかっこいいと思えた。
「燐は風影を選んだ…ショックだった。大人になったら結婚しようと約束をしていたはずなのにっ!!ってな…
恨んだ、嘘吐きな女だってな…だが、彼女の結婚式当日、俺は真実を知った。風影は彼女を脅迫していたと言うことがな」
「脅迫…?」
「ああ。俺の両親は木ノ葉の忍びにやられた。あのころの砂の里は酷い有様でな。とにかく俺や俺の家族が生きていくには
彼女が犠牲になるしかなかった…」
「……」
「燐は俺の里での生活のためにあいつと結婚することを選んだ。馬鹿なやつさ。あのころの俺は既に里を抜けようと考えていたのだからな。
それを知ったとき、何が何でも彼女を連れて行こうと思った。たとえ、婆を殺してでも、風影を殺してでも…」
「…風影は、殺したんだよね?」
愛する人を敵の魔の手から救うため――なんてロマンティックな変換は出来ないことぐらいはわかっている。
彼女自身も死んでいるということは…風影に殺されたか、あるいは旦那が自らの手で殺した、のどちらかだ。
「ああ、だが…そのとき…俺は燐も一緒に殺ってしまった……風影を攻撃したとき、彼女はやつを庇うようにして飛び込んだんだ…」
彼女の旦那に対する愛情が偽者だった?ううん、違うと思う。
きっと彼女は旦那に風影殺しの名を与えたくはなかったんだ…彼のことも彼の家族のことも守りたかったんだと、私は思った。
その考えが間違ってはいないことはすぐに旦那の言葉によって知ることが出来た。
「死ぬ前に言った…あなたに風影暗殺の汚名を与えたくはない…サソリには誰よりも幸せになってほしい≠トな…
解毒薬など持っていなかったため、燐も風影も助けることは出来なかった。俺は2人の亡骸を抱え、とにかく里を後にした…
そのあとは…見ての通りだ。風影は俺の最強の傀儡一体となり、燐は大蛇丸のおかげで一生腐敗しない体となった。
やつが暁を抜けると言ったときに殺せなかったのもそのためだ…やつのおかげで俺は今でも燐に会える…」
そう言い、旦那は彼女の髪を優しく梳く。自らの命を投げ出してでも愛する者を守る。
今の人間には出来ることではない。いや、やってみようとさえ思わないだろう。
ふと、眠り姫は今の彼を見たらどう思うのだろう…喜ぶのだろうか。それとも彼が抜け忍になり、挙句の果てにはS級の犯罪者になってしまったと悲しむだろうか?
そんなことが脳裏に過ぎる。
「…好きな人のためなら喜んで死ねる≠サんな愛、うれしくないよね……」
「…?」
「あー、なんでもない。独り言…私、そろそろ行くね……」
サソリの旦那の背中があまりにも寂しそうだったから出てしまった言葉。
それもあったけど、先ほどの考えの答えが自己の中で見付かったらが本音。
結局彼女の願いは叶わなかった。
彼女は明るい未来を託すためなら、愛する人と二度と言葉を交わすことが出来なくなってもいいと死を選んだ。
その未来を託された相手はそれを拒み、自ら闇の中に生きることを選んだ。
彼にとってはたとえ闇の中でも愛する彼女と共に存在できたならそれだけで良かった。
お互いが誰よりもお互いのことを知っていたはずなのに…愛が大きすぎたため、どちらもまったく別の道を選んでしまった。なんて悲しい愛なんだろう。
「!」
旦那に呼び止められた。彼の顔を見てしまったらきっと泣いてしまうだろうと自分でも分かっていたため、失礼だと思いながらも振り向かずにいる。
「…デイダラ、イタチ、鬼鮫はおまえを信じている。犯罪者の俺が言うのも変だが…、あいつらのことを裏切るなよ……」
ああ、漫画ではあんなに冷たい人だとしか思えなかったのに…
現実のあなたはなんて優しい人なのだろう。
はじめから裏切るつもりはなかったが、一応了承の意として左手を高く上げ了解≠ニサインする。
ああ、神様。今ほど心の底から彼ら、暁のことが好きでよかったと思えるよ。
上に戻ったら鬼鮫に抱きついてありがとうと言ってみようかな……
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2007年11月18日 ILLUST BY/ふるるか