Sentimentale
壊れてしまったあなたの心はもう取り戻せないのですか…?
Sentimentale
「ケフカー!」
遠くから見慣れた姿が映ったので手を振りながら呼んでみると彼の者はすぐに書物から目を離し、私のほうへ振り向いてくれた。
「…さん?どうしたんですか?」
「いやだなぁ…そんな仲でもないでしょーよ」
いつになく余所余所しい彼に苦笑が漏れてしまう。
そう、私たちの仲はそんな上司と部下の物なんかじゃない…彼が生まれたときからずっと知っている。
「…ここではあなたは僕の上司ですから……」
「誰もいないときはいつも通りでいいんじゃない?私はそのほうが好きだし」
少し渋い顔を見せるが、それはひとつのため息とともに消える。
「それではで……」
ああ、いったいいつからあなたは私のことを名前で呼ぶようになったのだろう。
帝国に入ってからか?…いや、私があなたを突き放したときからだろう。
2人の関係上、ケフカの気持ちを受け入れることなどできなかった。
だから私は彼を突き放した。2人の間に立場≠ニ言うものを植え付けてしまった。
「それで…いったい何のようですか?」
僕も忙しいので。という言葉を続けた。
だから私もさっさと用を言い、彼を行かせるべきだと思った。
「ガストラ皇帝が魔導の研究にセリスを使うと言っている」
「セリス…あのセリス・シェールを…?」
「ああ、だが正直、成功するとは思えないのだ。今までの研究の成果を見ている限りではね」
「それで?」
セリスと言う名に反応を示したケフカは先ほどとは違い、興味を持ったようなしぐさを見せる。
正直、それが少し胸を痛めた。それがなんなのかはすぐに分かった。私は…妬いているのだ。
自分から彼を離しておいてこれだ。呆れてしまう。
「それで…代わりにケフカ、おまえが実験台に立ってはもらえないか?」
「ぼく、が…?」
私は自分の考えをケフカに話した。今までの実験の人物たちがすべて子供だったこと。
おそらく彼らの精神はまだ弱く、魔導の力に耐えられるものではないのだろう。
そこで大人≠フ彼に頼みに来たと言うことを。
正直、彼はあまりいい顔をしてはくれなかった。どうしておまえが行かない?とでも言いたそうな顔をして。
たしかに彼よりも幾分か年上の私が行けばいいのだが、私は皇帝の護衛兵。
それに、私には魔導の力を使いこなせるだけの才能も素質もない。
その点、ケフカは剣術よりも美術や科学などに通しているため、同じ年齢のレオよりも的確なのでは、と思ったわけだ。なぜならレオも私と同じ武術派だったから。
「…いいでしょう。でも」
「でも?」
「その代わり、僕と付き合ってくださいね、」
「ケフカッ、それは……」
「じゃないと実験台になんかなってあげませんよぉ!」と綺麗な笑顔を浮かべて彼は私に背を向け、当初の目的地へと行ってしまった。
このときに私は彼ではない、ほかの誰かを探すべきだった。でももし、もし誰かに彼と付き合うことを非難された場合、「これが約束だったから」と言える。
言い訳に使えると思ってしまったため、そのままにしてしまった。彼が好きだったから……
「それでは、、さん…行って来ます」
「ええ。期待してるわ」
約束、忘れないでくださいね=Bそれがケフカと交わした最後の言葉だった。
すぐに彼は幻獣の入っている部屋へと行ってしまった。
消えてしまった彼の姿を何度も思い浮かべ、私はただただ、ケフカが無事に戻ってきてくれることを祈った。
あれからどれぐらいの時間が過ぎたのだろう。はじめはガラス越しの部屋から彼の姿を見ていたが、苦しさにもがく姿を見ていられなくて外へ出てしまっていた。
そして待っている間に寝てしまったのだろう。壁にかけられた時計を見てみると、時刻はすでに深夜を過ぎていた。
そのままボーとケフカのことを考えていると実験室のランプが消え、中からシド博士となぜかしらガストラ皇帝、レオまでもが姿を現した。
嫌な予感がする……
3者の浮かない顔を見てそう思った。もしかしてケフカに何かあったのかもしれない――そう思うよりも、シド博士に
実験の結果を聞くよりも私の足は実験実へと駆け出していた。
「ケフカッ!!」
息絶えた数体の幻獣たちの間に彼はいた。
無表情だった。一見すれば実験は成功したのだと思えるほど彼は普通だった。
安心して私は彼の部屋の扉のロックを解除する。その際にシド博士が何かを叫んだように思えたが、今の私はただ彼に会いたかった。
抱きしめてあげたかった。
「ケフカ……おかえ……きゃあああああああああ!!!!!」
一瞬の出来事だった。彼の瞳が私を捕らえるとにやりと歪んだのが解った。
それと同時に体中が燃え盛る炎に包まれ、焼かれて行くのをただただ叫ぶことで訴えることしか出来なかった。
「クックック、あーはははははは、はっはっはっはっは…ひひひひひ…うへへへへっあーヒ――ッヒッヒッヒ――――!!!」
消火器で炎を消し、懸命にポーションの類を私にかけてくれているレオたちの後ろで
背中を壁に預け、血の涙を流しながら不気味な笑い声を発しているケフカの姿が目に映った。
ああ……彼は始めての成功例であると同時に失敗作にもなってしまったんだ……膨大な魔力と引き換えにその精神を蝕まれてしまった。
大人なら大丈夫。そう考え、彼を実験台にしようと甘いことを考えた自分を恨んだ。
そんなことを考えながら私はすぅーと意識を手放した。
あれから幾年がすぎたのか、私は窓の外を眺めながらあの時の出来事を一人考えていた。
皇帝やシド、レオたちの話によればあのあとケフカは一時的に正気を取り戻し、懸命に回復魔法をかけてくれた。
そのおかげで私はこうして生きていると。
「……そろそろお着替えの時間ですよぉ〜」
ガチャリと開かれたドアから入ってきたのは彼だった。
そう、確かに私は生きている。けれど、あの時以来…私は、私は彼の――ケフカの人形となってしまった。
食事はもちろん、着替えやお風呂などもすべて彼が受け持っている。
私は二度としゃべることも歩くことも出来ない人形だから……
「ほ〜ら、綺麗なドレスですよね。には紅が似合いますよ、本当に……」
鏡の前に移動し、彼が見立ててくれた服を眺める。
まるでアンティーク人形のようなドレスに満足な笑みを浮かべるケフカは櫛を手に持ち、そっと優しく髪を梳き始めた。
神様……これが、これが私の罪への罰でしょうか?あなたの元へ行くことも許されず…ずっとこのまま
生きていくことが…
そう、これは明らかに神が私に下した罰。人として禁を犯してしまった私への。
世界でもっとも愛した人を実験に使い、彼の未来を奪ってしまったことへの……否、それ以前に彼を愛してしまった、求めてしまったことに対しての罰。
突然髪を梳くしぐさを止め、ケフカに後ろからそっと抱きしめられた。
鏡に映った彼の顔を見て、背中が凍りつくのを感じる。
耳元でそっと囁かれた言葉とは裏腹に、彼の顔はあまりにも無表情だったから……
それでも、それでも私は、彼を愛し続けるのだろう……
『愛してるよ………くす、否…』
私も愛してるわ…ケフカ。いいえ……
『…ねえさん』
…私の弟
Celestiale title n:09 sentimentale-感傷的な-
2007年4月24日