憎しみの焔に灼かれたい










自分の手が、紅く染まっている。
急速に失われていく体温も、生温い血の感触も、全て鮮明に憶えている。
 自らの掌を見つめる。
 今も尚紅く染まって落ちない錯覚を見る。
 死なせてしまったんだ。目の前で――。



 サマサを後にし船は帝国へ向かい出航していた。
 充分なまでの魔石を手にし、更にはずっと追い求めていた娘を捕らえたケフカは上機嫌であった。
 普段ならば触らぬ神になんとやらで遠巻きにしている兵士たちも、この時ばかりはケフカを珍しそうに見ていた。

 鼻歌交じりに船内を歩きある部屋へ向かう。
 扉を開けた瞬間、中から漂う陰気な空気にケフカは思わず顔をしかめた。

「どうしているかと見に来てみれば……。何ですかその辛気臭い顔は」

 部屋の隅で膝を抱え蹲っていた娘を覗き込むようにして、ケフカは顔を上げた娘の瞳がまるでこの世の終わりのように何の光りも宿してないことにつまらなそうに鼻を鳴らした。

「別に、どうだっていいだろ」

 彼女にしては珍しくぶっきら棒な答えだった。
 実際のところ、顔を合わせたことは片手で数えるほどしかない。だが、いずれの時でも感情豊かで表情もころころ変わるわかりやすい対応をしていた。少なくとも今のような感情の篭っていない言葉を発する娘ではなかった。
 原因はわかっている。目の前で人が死んだことにショックを受けているのだ。それも、ごく短い間の付き合いだったがそれなりに親しかった人物が、だ。
 表面上捕虜として連れて来られているが、この茫然自失ぶりでは逃げ出すなど出来やしないだろうと判断され、ただ無造作に部屋に放り込まれているだけだった。
 待遇に不満を漏らすでもなく娘は蹲ったまま生気の宿っていない双眸で一点を見つめている。
 自分に目もくれないことにか、それとも娘のあまりの落ち込みぶりにか、そのどちらかは不明だが――寧ろその両方なのかもしれないが、ケフカは苛立ちを感じ始め娘の前頭部の髪を自らの方へと引き寄せた。

「ざまあないですね、

 僅かに痛みを感じたのか、一瞬眉を顰めるがすぐに気だるそうな表情に変わり娘――は目を伏せた。
 の態度が益々気に入らないケフカは髪を引く手を放し、の両肩を掴み揺さぶった。「自分が憎くないのか」と問いながら。
 だがは頷かなかった。
 始めこそは少なからず優越感があった。いつも底抜けに明るくて、馬鹿みたいに突っかかってくる相手が、絶望に苛まれている様子がおかしくて堪らなかった。そうして憎しみを自分にぶつけてくればいいのだと思っていた。けれど、は憎悪を自分に向けることはなかった。それどころか自分自身を責め続け悲嘆に暮れている。
 気に入らなかった。
 なぜ憎まないのか。なぜお前が殺したんだと責めないのか。
 不可解はやがで不快へと変わった。
 ならばとことん自分のために利用してやろうではないか。
 ケフカが何を期待し何を求めたのかは定かではない。ただ、ひとついえるのはが憎しみに苛まれ苦しむ様を見たかったのだろう。自分と同じ想いを抱かせようと。

 ケフカにを立ち直らせるだけの想いは持ち合わせていない。
 いっそどこまで堕ち、そして這い上がってくるのか見届けてやるのも一興かもしれない。
 そうして、ケフカはを1人残し部屋を後にした。



2007.12.5
10万HIT&3周年の記念と感謝を込めて。byきあ
ILLUST BY/ふるるか
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