Alstroemeria
長い冬の時を経て、世界は遅い春――平和な時を迎えていた。
世界を混沌へと堕としたケフカと死闘を繰り広げ、世界に平和を齎せた一行は各々の帰るべき場所へ。または再び気侭な生活へと戻っていった。
そうして幾月が過ぎた日。彼らは再びあの時と同じ飛空艇へと集っていた。
「結局、1つの場所に落ち着いてるのはエドガーとティナ、それにリルムたちくらいか」
それぞれの近況を聞いた上で、ロックは朗らかに笑った。
「で、はどうしてるんだ?」
「え? 私?」
部屋の隅で和気藹々としている皆を微笑ましく眺めていたは不意に話を振られ、一瞬狼狽した後、話を聞いていなかったのかとロックに頭を軽く小突かれ、苦笑した。
「私は……世界を見て回ってるよ」
当てのない旅。けれど平和な世界だからこそ意義のある旅だ。
微笑むにロックは満足そうに頷くと再び皆の――騒ぎの輪の中へと戻っていった。
楽しそうに、幸せそうに笑う仲間たちを眺め、も幸福感に浸っていたが、一種の喪失感を払拭出来ずにいた。
昔と変わらぬ風景。けれど足りない姿――。
シャドウさんは、どうしているだろう。
誰も口にしないのは、彼の運命を自ずと察しているからだろう。
はあの時止めることの出来なかった己の弱さを今でも悔いていた。それは、ここにいる全員が同じであった。
わかっていながらも止められなかった現実。口に出すには辛過ぎた。
平和な、賑やかな情景。
決して悪くはない。否、良いものなのだとは自分自身に言い聞かせた。
皆が忘れているわけでも、何も考えていないわけでもないと知っているから何も言わずにいた。
――この平和の為に犠牲になった者たちのことを。
陽気にはしゃぐ仲間を尻目に、は気付かれないように飛空艇の外へ出た。手には人知れず用意していた花束を持って。
「殿? どうなされた?」
不意に呼び止められ、声の主へと振り返る。
屈強そうな相好。鍛え上げられた体躯。
とても自分の父親ほど歳が離れているとは俄かに信じられないが、微かに笑みを浮かべるその顔に刻まれた幾本の皺が、彼が生きてきた年月の証なのだろうと思った。
「カイエンさん。ちょっと、行きたい所があって」
「こんな時分にでござるか?」
日が暮れて間もないとはいえ、陽はすっかり沈み辺りは宵闇に包まれている。
そんな中1人で出掛けると言うにカイエンも怪訝な顔をして小首を傾げた。
「うん。でも今日中に行っておきたくて」
カイエンが訝しむのも尤もだと理解しながらも――目的地はわからないが――行くという意思は強いようだった。
儚げな見た目とは裏腹に、己の堅持の強さがだけでなく、この仲間内の女性の特徴だとカイエンは改めて痛感した。
「いくら世が平和になり、魔物が沈静化したとはいえ、女性(にょしょう)が1人出歩くのは危険でござる。拙者も付き合うでござるよ」
いくら止めても無駄だからと、1人で行かせるわけにもいかず、カイエンは付き添いを申し出る。
は困ったように暫く思案していたが、やがて顔を上げると
「じゃあ、お願いしようかな」
そう言って2人ともに飛空艇を後にしたのだった。
―― 一方飛空艇内では。
「何だって!? とカイエンが連れ立って出掛けた?!」
「、そんな趣味だったのか……。道理で私のアプローチに全く靡かないわけだ……」
突然姿がなくなって心配するといけないからと、から伝言を頼まれたモグがその旨を伝えると、忽ち一室は騒然としたのだった。
「殿、ここは……」
は頑なに行き先を明かさなかったので、初めは気にはなったものの道中は他愛のない話に花が咲き、向かっている先がどこであるかなど、すっかり気に留めもしていなかった。だからこそ「着いた」と告げるに流石のカイエンも驚愕せずにはいられなかった。
そこは最終決戦の地――瓦礫の塔の跡地であった。
人気の少ない所ということで、敢えてこの付近で艇を停めてはいたが、まさかここへ立ち寄るとはカイエンも思ってもみなかったのである。
塔は崩れ落ち、今では残骸しか残っていない上。当時は枯れ果てていた草原には青々とした草が伸び、未だ残る瓦礫の隙間からも逞しく天を仰いでいた。
ここに一体何の用があるのだろうか。
カイエンが考え込むのを余所にはそっとしゃがみ込むと、持っていた花束を供えて両手を合わせて瞳を閉じた。
静寂の時が2人の間に流れた。時が止まったかのような錯覚に陥りそうなほど空気はゆっくりと過ぎる。
は一心に何を祈っているのか。ただ静かに瞳を伏せていた。
「ドマではこうやって弔うんでしょ?」
弔う――やはりはこの地に眠る人物に祈りを捧げる為にやってきたのだろう。
だが、その真意がわからないカイエンは、正直の行動に素直に納得することは出来なかった。
何故ならここに眠るのは――。
「シャドウさんと、ケフカにもお祈りしたいと思って。だからカイエンさんとここに来るのはまずいかなって思ったんだけど……」
――ケフカ。
彼が起こした悲劇によってカイエンは愛する家族を失った。
カイエンだけではない。多くの人がケフカによって大切な人を奪われたのだ。
それはも同じこと。ケフカの行いは許されるものではない。それなのには何故ケフカに祈ることが出来るというのだろうか。
カイエンは些か腑に落ちずに眉宇を顰めた。
「私、どうしてもケフカが絶対の悪とは思えないんだ。こんなこと、誰にも言えなかったけど。きっとケフカも被害者だったんだよ」
憎しみは連鎖するものだから。
ケフカの何かの憎しみに突き動かされ、あんな凶行に走り新たに憎しみを生んでしまったのかもしれない。
そう考えると恨むことは出来ないと思った。
と、は独白めいた科白を発した。
憎しみによる凶行。カイエンには身に覚えのある話。
まだケフカによって家族を失って間もない頃。帝国への憎悪に燃えている中、元帝国将軍であるセリスに刃を向けたことがあった。
その時もは必死になってカイエンを止めようと身を投げ出した。
憎む。という感情を何よりも恐れていると感じさせるほどの悲痛な心の叫びをカイエンは感じ取っていた。
「あの時ね、私はセリスを守ったんじゃなくてカイエンさんを守りたかったんだ。
……セリスには怒られちゃうかもしれないけど」
カイエンが当時のことを回顧しているのを見抜いたかのようには呟いた。
「私、皆と出会うずっと前に憎しみに囚われて取り返しのつかない罪を犯しそうになったの」
自分の両親を殺した帝国兵に復讐しようと剣を手に取り、兵士を追い詰めた。
振り上げたその手を下ろせば全てが終わったのに、相手の表情の奥に家族の影がチラついて、寸でのところで復讐を思い留まった。
は気付いてしまったのだ。例え敵であっても、その者を愛し、帰りを待っている者がいるのだと。
だからといって帝国を野放しにしておくわけにはいかないから、リターナーに加わったんだけどね。とは話の最後に笑いながら付け足した。
「きっと、思い留まらずに剣を振り下ろしていたら、私は新たな憎しみを生んでしまっていたと思う。だから、カイエンさんにもそうはなって欲しくなかったの」
人の憎悪の恐ろしさを知っているからこそ、は人の憎しみに敏感なのだろう。
そして、その連鎖を止める為に、小さな身体には不釣合いな大剣を持って勇敢に闘い続けた。
「……拙者も殿を見習わなければならないでござるな」
流石のカイエンもの信念に敬服の念を禁じ得なかった。
まさかこんなにも歳の離れた娘に教わることがあろうとは。まだまだ修行が足りないと心の中で叱咤した。
「ならば拙者も祈ってゆくか――。シャドウ殿とケフカに」
は吃驚して一瞬瞠目したが、すぐに顔を綻ばせ「はい!」と明るく頷いた。
見上げた星空がいつもより輝いて見えるのは、隣に君がいるからだろうか。
心を濾過するように清める存在。それがなのだとカイエンは強く想った――。
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2007.2.23 byきあ ILLUST BY/ふるるか